第4話 予感 氷高颯矢
オーディション開始時間になって、ようやく審査員が現れた。会議用の机とパイプイスに座っているのは5人。番組プロデューサーと演出家、事務所関係者が2名、振付け師が1名。プロデューサーの方から説明があった。
「まず、歌の審査ですが、カラオケを使って歌ってもらいます。途中で曲を止められた時点で失格、退場していただきます。ちなみに最終的に10人に絞ると言っていますが、万が一、この審査でそれ以下の人数になってもそのまま続けます。良いですね?」
つまり、10人は確実に合格という訳ではないのだ。
「質問!」
逢沢が手を上げる。視線が集まる。逢沢の瞳は揺れない。
「一人で歌うんじゃなくて、誰かと一緒にやるってのはアリ?」
「ほぅ…それは良いアイデアだね。だが、その場合は連帯責任にさせてもらうよ?」
「望む所です」
会場はざわめいた。だが、誰かと組むというのは一部の人間には有利に思えた。
「良かったね、和那くん。俺と一緒に歌っても良いんだって」
「はぁ?」
「…違う?」
「俺はお前と組むなんて言ってないだろ!」
威勢良く断言する和那を見て、隣に居た少年が笑った。
「でも、君と彼は良いコンビだと思うよ?一緒にやるのは面白いんじゃないかな?」
「…えと、君は…」
「僕は羽鳥柊吾」
「俺、宮内和那。で、こっちが亜木雄仁」
紹介されて、雄仁はふにゃりと微笑った。
「何にするの?歌う曲」
「僕?」
「俺と柊吾は『ジンクス』の『ボーダーライン』」
会話に割り込んできたのは逢沢奏だった。
「僕が陣内拓巳で、奏が長谷川仁」
「すごいね、パート分けて練習してきたの?」
「俺達が魅せるって事が重要だからな。ただ歌うだけなら誰でも出来る。他人を惹き付けるにはそれなりのやり方があると俺達は思ってる。だからリスクがあると知っていても、それ以上を提示すればそれだけアピールになる」
正論だった。だが、奏の場合、それは経験と実績による裏打ちされた自信から来る考え方だ。和那には理解しようがなかった。
「最初に次のステージに進める奴は誰だ?」
奏は挑発するように周りを見渡す。柊吾は隣でため息をついた。
(悪い癖だよ。最初から敵と味方の境界を作ってしまうのは…)
最初の歌唱審査合格者は意外な人物だった。
「明石順介くん、おめでとう合格だ」
身長が150センチ程度の小さな少年だった。声変わりもしていないのだろう。ハイトーンで伸びやかな歌声は鮮烈な印象を与えた。
「やったぁ!」
ガッツポーズを決めて喜ぶ。そんな彼を見て、誰もが納得をした。歌の上手さは勿論ではあるが、彼には華があった。その直後に歌った人物は可哀想なくらいボロボロの出来で、曲も途中で止められた。
合格者が20人を超えた時、ついに逢沢の名が呼ばれた。
「逢沢奏、羽鳥柊吾、ジンクスの『ボーダーライン』を歌います」
曲が鳴ると同時に二人は動き出した。振り付きで歌う者は他にも居たが、明らかにソレとは違っていた。振り付きで歌った者はモノマネの域を出ないようなレベルの代物だった。だが、この二人はこの曲を完全に自分達のものにしている。その上、振り付けはアレンジされていて、オリジナリティを感じさせる。二人は完璧なシンメトリーを演じてみせた。歌も文句なく上手かった。柊吾の心地良い声にやや甘ったるい奏の歌声が綺麗に響く。その場に居た誰もが二人のショーに魅了された。
「そこまでで結構。君達は演技の審査まで待機していなさい」
それはダンスが審査するまでもなく基準を超えている事を意味する。実質、彼らは格が違いすぎたのだ。奏の目論見はズバリ的中した。
「次は…」
審査は続く。今、見せられたもの以上でなければそれは色褪せて見えるだろう。誰もが次の審査を受ける人物に同情した。
「佐久間蓮治、曲は由岐一貴の『Rainy
Rose』」
注目が集まる。だが、蓮治はそれを気にも留めていないようだった。『ジンクス』の弟分を選ぶという趣旨から、選曲もそれを意識して『ジンクス』を歌う者しかいなかった中、全く関係の無いアーティストの歌を選んだのは吉と出るか凶と出るか…。
曲が始まった瞬間、奏はある事に気が付いた。蓮治も振り付きで歌っているのだが、それはオリジナルの振付けではない。
(こいつ――ケイトのコピーじゃねぇか!)
やや遅れて、柊吾も気が付く。
「殆どのヤツは気付いてない。アイツ、3年前の『Seedサマー・フェスタ』のケイトのコピーだ」
『Seed サマー・フェスタ』とは、奏や柊吾が所属していた事務所――『オーキッズ』の研修生である『Seed』だけで行われる夏のイベントである。オリジナル、カバーを含めて構成されるコンサートは自然、人気のある『Seed』にマイクが与えられる。歌うのは限られた『Seed』だけ。その中で披露された『魚住ケイト』のソロが『Rainy Rose』だった。
「あの時のDVD、僕も持ってるけど…顔立ちが似てる所為かな?すごくハマってる…」
「コピーなのに…本物みたいなんて反則だ」
「…奏が言うセリフじゃないよ。お前なんて存在自体が反則だろ」
柊吾もじゃん…というセリフは飲み込んで、奏は蓮治を見ることに集中した。
「アイツ…強敵だな」
「うん…」
(…でも、僕は彼と一緒に踊ってみたい気もするな)
柊吾はふと、そんな事を考えた。それはどこか胸に刺さった。
予感めいた閃き――。
――曲が終わる。
(終わっ…た。終わったんだ…)
「君も、演技の審査まで待機していなさい」
「…はい」
蓮治は合格を言い渡された。
(ラッキーだな…)
実のところ、ダンスの経験なんて殆ど無いのだ。それでも、この曲に関してはイヤと言うほど見て、練習したのだ。
(――魚住ケイトにできて俺にできない訳が無い!)
全てはケイトに対するライバル心からだった。負けず嫌いな性格はそのまま行動に直結するのだ。
「次――亜木雄仁くん」
「はい!僕、宮内和那くんと一緒に歌います」
「――えっ?」
雄仁が和那の腕を掴んで前に進み出た。
「ちょっ…!」
「曲はジンクスの『ボーダー・ライン』」
(コイツ――言っちまいやがった…!)
雄仁が宣言したのはよりによって柊吾・奏コンビが選んだ曲と同じ曲だった。
「雄仁!(お前、どうするんだよ!)」
「大丈夫。あの人達と僕達じゃ競う場所が違うよ。それにね、僕…マトモに歌える歌、これくらいしかないんだもん」
(――忘れてた!)
雄仁は何事にも疎いが、流行りの音楽には特に疎く…カラオケに行っても歌う曲がないので、せめて1曲くらいはと、和那が無理やり覚えさせた曲がジンクスの『ボーダー・ライン』だったのだ。
「…そうだな。俺達、最初から場違いだもんな。だったら、気持ち良く歌って帰るとするか…!」
和那は緊張が解けて自然な笑顔になった。その笑顔が魅力的なことに本人だけが気付いていない。そして、歌が始まる――。
歌の苦手な雄仁だったが、実は少々不透明で変わったその声はハモリには適していたのだ。和那の高くて存在感のある歌声は真っ直ぐに響き、少年らしい爽やかさを持っていた。二人の声が重なると、不思議に優しく、心地の良いハーモニーになった。
(――終わった。曲、最後まで歌えた…)
「和那くん!」
「両名、合格としましょう」
「やったぁ!」
雄仁が和那に抱き付く。
「…マジ?俺、合格?」
「うん…そう。合格なんだよ、和那くん」
和那は嬉しくて胸が一杯になった。
「お前も、だろ…」
そして、少しだけこの幼なじみに感謝した。
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RISE第5話「拾われた星」に続く。